立花・伊吹・アレクサンドラ〜The Waltzing Cat
わたしは、美人である。
これは本当のこと。それもただ顔かたちが整っているというだけじゃない。23歳、身長165cm、スリーサイズ86−58−84。掛け値なし本当のサイズ。現在一人暮らし。両親は地方公務員、田舎で兄およびその妻と同居。性格もまあそこそこ、少なくとも悪くはないつもり。
これだけのものを持ち合わせているから当然、男なんて選び放題、よりどりみどり。追い払っても追い払っても向こうから寄ってくる。
だけどわたしには、表沙汰にできない性癖が二つある。
ひとつは――――男が好きではないということ。
普通の女性から見ればとんでもなく高水準、どんな手を使ってでもものにしたいと目の色を変える、魅力の塊のような相手でも、わたしにとってはただのケモノ臭い生き物でしかない。
あの大きく硬い体、低い声、ごつごつした手触り。すべてが気に入らない。好きになれない。あの外見を持っているというその時点でとにかく論外、不合格、不適格、不許可、失格、ゲラウト、出口はあちら。性格だの内面だのといった要素は一切無意味。いくら素晴らしい心を持っていても、ゲジゲジに欲情する女はいない。
そう、要するにわたしはレズビアン、同性愛者なのだ。
女性にしか興味がない。どきどきしない。
困った性癖というのがこれだけであるなら、まだどうにかなる。世の中にはわたしと同じような感性の持ち主が少数ながらいないでもないのだから。
問題はもうひとつの性癖の方。
女性であれば誰でもいいのかというと、全然そういうわけでもないのだ。
これについてはターゲットが非常にはっきりしている。特定の年代層の女性だけがわたしの感性を猛烈に刺激する。
身長は140ぐらいが理想。150を超えると論外。
胸は、ささやかに盛り上がっている程度。完全にないのはいけないが、手にふんわりおさまってしまう明瞭なふくらみ具合はこれもいけない。なだらかな盛り上がり、というのでなければならない。ウェストは細くなり、しかしくびれすぎてもいけないところで、お尻は可愛らしくぷりんと張りつめ盛り上がっている。
顔立ちは幼さを濃厚に残しつつも子供すぎもせず、大人びたところつまり性的な目覚めをわずかにほのめかせる程度の、絶妙のバランスを保っているのがいい。
つまり――――ロリコンなのだ、わたしは。
年下を愛好する女性のことをショタコンと言うようだけど、わたしの場合は対象が女の子なのだから、やはりロリコンで正解だとは思うが……この際詳しい分類などどうでもいい。とにかく小柄で、可愛くて、色香は十分にありながらも強く主張されてはいない、いわゆる子供と大人の中間の危うい雰囲気を漂わせた相手でないとだめ。
困ったことにわたしは、グルメというか面食いというか、この二つの条件を満たしている相手でないと、一切性的な興味を引かれないのである。
これはカミングアウトできるようなことではない。同性愛というだけならまだしも、ロリコンでは。
たまにグラビアやらテレビやらで、わたしの理想どおりの相手を見かけることがある。そうなるともう夢中で、その姿が頭の中に棲みつき、夜も昼もなくその相手のことしか考えられなくなる。ベッドに横たわるとその姿を抱きしめ、服を脱がせて、そのすべすべした体を抱きしめているところを妄想して体を熱くする。妄想は自然と、わたしが触るよりも、触られている方へシフトしてゆく。そう、わたしは責められるのが好み。陶器のような手がわたしの肌を這い、乳首だけが尖ったすべらかな胸がわたしの体に密着する。芸術品を思わせる清純美に満ちた顔だちが、わたしの開いた脚の間に入りこんできて、ざらついた舌が、大事な部分を……わたしはとめどなく熱いものをあふれさせ、快感に泣き叫び、やがて達して……それから我にかえるのだ。
激しい昂りが収まり、暗闇でひとりうずくまっているだけの自分を取り戻しても、体のうずきはなお残る。わたしは余韻にひたりつつ、やるせない思いにくれる。理想の少女がここにいたとしても、今のようないやらしい真似はしてくれないだろう。現実は常に理想を裏切る。わたしの理想の相手など、この世のどこにもいやしない。
そして今日も、わたしは寂しく「普通」の世界に出かける。
日曜日。
行くあてはないが、鬱々と家にこもっていても仕方がないので、外出する。
空は晴れて、いい気持ち。
休日というのは素晴らしい。仕事に行かないのだから、帰り道に男を振り切る手間がかからなくてすむ。仕事のある日はいつも、帰りの電車はもちろん、駅を出てからも周囲に気を配らなければならない。教えてもいないのに勝手に住所を調べ上げた連中に、後をつけられたり押しかけられたりしたことは一度や二度ではないのだ。やつらはそうすれば私がその強引さに惚れてくれるとでも思っているようで、鬱陶しいことこの上ない。昨日の夜だって誘いの電話やメールがひっきりなしだった。角を立てないように断るだけで貴重な時間がかなり潰れてしまう。
「この際、恋人でも作った方がいいのかなあ……」
ダミーでいいから、誰かつきあっている相手がいると、周囲に誤解させてしまった方がいいのかもしれない。
だけど、たとえダミーであっても、男性と親密になるという考えはそれだけでげんなりする。
いっそのことカミングアウトしてしまった方が楽だろうか。そうすれば堂々と、同じような嗜好の人たちと仲良くできる。もしかしたらそういうコミュニティーの中で、わたしの理想どおりの女の子と出会えるかもしれない。もっともその代わり、実家の両親はもちろん、あらゆる親戚友人職場関係が再構築を余儀なくされるだろうけど。
「……ん?」
猫の声がした。
可愛い茶虎の子猫が目の前を横切ってゆく。急がず、ゆっくりと、遊ぼうと言うかのように。
わたしは目尻をゆるめ、かがみこむ。猫は結構好きな方。
路傍にボールが落ちていた。蛍光色の、ゴム製。誰のものか知らないけど、ちょっと借りて、子猫に向けて転がした。
子猫はボールに興味を示し、ちっちゃな前脚で二三度いじる。その仕草のかわいらしさにわたしは思わず声をあげた。
それが悪かったか、子猫はぷいっと顔をそむけ、走り出す。
わたしは慌ててボールを拾い、後を追った。
狭い路地。逃げるというより先導するみたいに、子猫は先をちょこちょこ歩いてゆく。
塀の上に別な猫がいた。
さらにその少し先にも。地面にも、安アパートの階段にも、あちこちに。
空き地に出た。
無数の猫がいた。
何匹も何匹も、日当たりのいい場所に、ぬくぬくと。
そしてその中に――――天使がいた。
「にゃあ」
女の子が、塀の上にいる。
猫と同じポーズで、手足を丸め、うずくまる姿勢で。
「にゃ?」
わたしを見て小首をかしげる、その仕草はまったく猫そのもので。
ズギュウウウウウウウウウン!!!
わたしは胸を射抜かれた。キューピットの弓矢。いや、クロスボウの連射。どすどすどすと連続で矢が突き立ちハリネズミ。刺されて悔いなし。甘美な負傷。傷口から超特大のハートマークが噴き出しばっくんばっくん脈を打つ。
「あ、あ、あの、あの、あの……!」
息が苦しく、口の中がカラカラで、ひたすら喉を鳴らし、ひくひくしながらどもりまくる。はたから見ればいちじるしく挙動不審に間違いなし。
「…………」
少女は興味深げにわたしを見ている。その目つきはやはり猫じみて、でも瞳は猫よりずっと深い、底知れぬ色合いで。
震える手から、ボールが飛んだ。あの蛍光色のゴムボール。爪が折れるほどに握りしめていたのが、弾けた。
「にゃっ!」
少女が跳ねた。
地面に転がるボールに、塀の上から、飛びついた!
ほとんど音を立てずしなやかに着地し、勢いを殺すために頭から前転。起き上がると手の中にボール。べろりと舐めて顔をしかめた。
「んべえ〜〜〜」
さもまずそうにペッペッとやって、立ち上がる。
理想の相手がそこにいた。
いや、理想以上。適度に小柄で適度にすらりとした体つき。整った顔かたち。ささやかな胸のふくらみ、程よい腰のくびれ、硬さと柔らかさを兼ね備えた理想のヒップ。メスくささ、生々しさを感じさせない、かといって人形なんかじゃ全然ない、どこか普通と違う不思議な雰囲気。
“これ”がわたしの妄想が生み出した幻覚でない証拠に、少女はボールをわたしに差し出した。
「まずい。返す」
「え…………あ、それは……その……」
「オマエのではないのか?」
「なっ、ない、いえ……あっ、そう、そうなの、わたしの!」
「それじゃ、返す。次はおいしいのをプリーズギブミー」
少女は妙な言葉遣いで、わたしの手にボールを押しこんだ。
わずかに触れた手にぞくりとする。やはり幻などではない。
少女はふわりと塀の上に乗り、また最初のぬくぬくポーズ。細い塀の上でどうやってバランスを取っているんだろう。そもそも何者なんだろう。この辺りの子だろうか。
「あっ、あのっ、あの!」
わたしは衝動のままに声をかけていた。
「もももっ、もっとおいしいものあげるから、あっ、遊びに来ない!?」
目が血走っているのが自分でわかる。興奮のあまり歯がカチカチ鳴っている。もし無視されるか断られたなら、わたしは彼女を小脇にかかえ、自分の家まで世界記録でダッシュできる自信があった。
「行く」
あっさり、夢はかなった。
アレクサンドラ。天使から聞き出した神秘的な名前を、わたしは口の中で繰り返す。
「“アレクサ”呼ぶよろしいDeathよ。OK?」
こくこくうなずく。彼女の機嫌をとるためならわたしは土下座でも三回回ってワンでもなんでもやる。
胸の高鳴りが止まらない。
いる。ここに、わたしの部屋に、わたしのベッドの置いてあるところに、理想の女の子が。
アレクサは、きょろきょろ見回すと、クンクンと大きく鼻を鳴らした。
「ど、どうしたの?」
「男のにおい、ナッシング」
ぎくりとする。わたしの性癖を一瞬で見抜かれたのだろうか。警戒されてしまっただろうか。逃げ出さないだろうか。……わたしはさりげなく玄関を背にする位置に移動した。
「ちょっと待ってて、すぐお茶いれるから」
レンジの前に立ちとっておきのティーカップを取り出し、持てるすべての技術を総動員して紅茶を淹れ……。
ごそごそ。ばたん。ごそごそごそ。なにやら不穏な物音。
「何してるの!?」
見れば、アレクサがわたしのクローゼットを勝手にあさっていた。
「ふりふり〜〜ひらひら〜〜」
下着が舞う。
「やだっ、ちょっと! やめて!」
わたしの趣味だ。ヒラヒラの多い、可愛いのが大好き。笑うな。自分でも子供っぽいのはわかってるんだから。だけど好きなんだから!
「なんだ、これ?」
「あっ!」
わたしは突進し、アレクサの手から“それ”をひったくった。
子供っぽい下着だけなら、見られてもまだ開き直ることができる。
でもこれは……その引き出しの中だけは……!
わたしの手に移った黒い網タイツとレオタード。お尻のところには白く丸いしっぽ。そして長い耳つきのカチューシャ。……そう、これはバニーガールの衣装。
「これは?」
次にアレクサが引っ張り出したのは、白地に黒のぶちが入った、牛さん模様のポンチョ。
「きゃーーーっ!」
「カエル?」
「うわーーーっ!」
そう――――人に言えない、三つ目の性癖。
わたしは、動物ものの下着とか衣装とかが、どうしようもなく好きなのだ。
コスプレ趣味があるなんて、これだけは絶対に人には言えない、そう思っていたのに……!
だけど……。
アレクサが最後に手にしたものを見て、わたしの喉がおかしな音を立てた。
もしかして……この子なら、平気な顔でそれを身につけてくれるかも……。
「そ……それ……つけてみる……?」
「頭に?」
「そうよ……頭に、はめるの……それから、この手袋を……」
そして、できあがる。
白いネコミミと、大きな肉球つきの手袋、ストリングで腰にとめた尻尾……。
大きな猫ちゃんアレクサが!
「そ、そう、か、可愛いわよ……それで、猫ちゃんみたいな格好して、鳴いてみて……」
アレクサはきょとんとしてから、ぴょんとベッドに飛び乗った。
四つんばいになり、お尻を持ち上げふりふりしてから、片手を上げて。
「うにゃん♪」
――――わたしの脳髄はとろけて耳から流れ出た。
可愛い。可愛すぎる。萌えるというのはこういう感情か。死んで悔いなし。萌え死ぬ。
こみあげる感情のままに、わたしは床に転がり悶えた。
「にゃ? にゃにゃ?」
心配そうにアレクサがベッドから降りてくる。やっぱり四つんばい、猫のままだ。
わたしに覆いかぶさって、ぺろり。
「んひゃあっ!」
だめ。
もうだめ。だめ。だめだめだめ、もぅぅぅおおおおおおぅぅぅだめええええええっ!
「うっきゃああああああああっ!!!」
わたしは裏返った声を張り上げ、アレクサを抱きすくめた。
「に゛ゃっ!」
もがくアレクサをがっしり捕らえ、抱きしめて、ごろごろ転がる。
だめだ、可愛い、可愛くて可愛くてどうしようもない!
顔をゆるめきって頬ずりしてぶちゅぶちゅキスして抱きしめてぐりぐりしてこねこねして、ああもうどうにも止まらない!
「に゛ゃ〜〜〜っ!」
ものすごい声で鳴かれて、ようやく自分を取り戻した。
「あ、ご、ごめんなさい……つい……」
「ぺっぺっ」
わたしも、口の中がじゃりっとする。
そうか、土や草いきれのついたままのアレクサを抱きすくめたから……。
「む〜〜」
アレクサはわたしから逃れると、不機嫌そうに眉をしかめた。
それでもまだ四つんばいのままでいてくれるわけで。
この部屋から逃げ出されたらすべてがおしまい。わたしは必死で笑顔をつくった。
「ごめんね〜〜〜。ちょっと激しすぎたかな? じゃ、次は別なことして遊ぼっか」
「うにゅ……」
その時、電光のようにひらめいた。
「あ、あのね……その、汚れちゃったし、今遊んで汗もかいたから…………その……先に、お風呂、入らない……?」
きょとん、と小首をかしげるアレクサ。その仕草にまた胸がずぎゅーん。くねくね身をよじらせるわたし。
「ニューヨーク?」
「そう、入浴、お風呂よ」
「………………」
少しの沈黙の後、アレクサはうなずいた。
「りょーかい。一緒に入る、らじゃー」
わたしの頭に蓋があったなら、すぽーんと音を立てて飛んでいっただろう。
アレクサを洗面所に連れこむ。
まず自分から服を脱ぎ……ブラを外したところで、アレクサの服を脱がせにかかる。
「おっぱい、おっきい」
「あっ……」
言われた途端に、乳房が熱を帯び、乳首がきゅっとしこった。
な、なに、これ……?
いや、今はそれよりも……。
一枚、一枚と、着ているものを脱がせていって……。
アレクサが生まれたままの姿になった。
わたしは体の全ての穴から蒸気を噴き出した。
またしても、理想をはるかに超えていた。全身が淡い光芒に包まれているかのようだった。もう少しで両手を合わせて拝むところだった。
アレクサは先に立って浴室に入っていった。真っ白な背中、ぷりんと可愛らしく盛り上がるお尻。ああ、夢に見ていたとおりのものがそこに。鼻血が出そう。深呼吸し、必死で自分を抑えた。
「ひろーい」
当然だ。お風呂が広いのが、この部屋を選んだ理由のひとつ。もちろん、いつの日か女の子とここでいちゃいちゃするという野望を達成するためで……それがとうとう、今かなう……!
「うちよりひろーい」
アレクサの口から出た“うち”という言葉に、我に返る。
「そう言えば、アレクサちゃんって……どこに住んでるの?」
「あっち」
壁のある方向、斜め下を指さす。
「そ、そう……じゃあ、ご家族は?」
「男一名さまごあんなーい」
おとこ! それも一人!
い、いや、家族かも……。
「お父さん?」
「NO。アンクル」
アンクル……叔父さん、か。胸をなで下ろす。
かがみこみ、シャワーのお湯を出した。
キノコ雲のように勢いよく立ち上る湯気はわたしの心。いよいよだ。ついにこの時が。
「そ、それじゃ、アレクサちゃん、いらっしゃい……きれいにしてあげる……」
「セッケンしゃわしゃわプリーズ〜♪」
まったく警戒している様子のないアレクサに、わたしはシャワーの湯をかけてやった。
「洗ってあげるね」
どき、どき。胸がとんでもなく高鳴りはじめる。
わたしはタオルなんて使わず、素手にいっぱいボディソープを取った。
少しあごをあげ、気持ちよさそうに胸にシャワーを浴びているアレクサの、背中に……そっと、体をくっつけて……手を前へ、なだらかなふくらみへ……。
「んんっ!?」
声を上げたのはわたしの方。
手を触れる前、素肌と素肌が触れ合った途端に、全身に鳥肌が立った。
背筋を強烈な痺れが駆け上がる。目の奥に白い火花が散る。
「んはあっ……はっ、あっ、あっ!?」
き、気持ちいい……?
なんで……どうして……ただ抱きついただけなのに……!
乳首が痺れ、乳房全体が熱を帯びる。腰も甘く痺れて、とろける。シャワーの湯とは違う熱い液体が股間にあふれてくる。
この子だ……アレクサの背中……素肌。触れただけなのに、こんなに気持ちいいなんて。
「どーした?」
「いっ……いえっ……んっ……!」
震える手の中に、小さなふくらみ。手の平にサクランボみたいな乳首。
「あうっ……!」
揉んだ瞬間電撃がはしる。膝がガクガクする。手の平から、とてつもない快感が伝わってくる。
なに、なんなの、この子、一体……。
浮かぶ疑問も、快感の前にはかなく消える。手が勝手に動いて、アレクサの体にソープを塗りたくる。動くたびに、最も敏感な部分をいじくられているような快感がはしり、声が漏れ、目が霞み、気持ちよさのあまりに歯が鳴り出す。
「はあああ……」
とうとう立っていられなくなって、へたりこんだ。
「どーした? オマエ一体ナニゴトほわっつはぷん?」
体のあちこちにまだら模様にソープをつけたアレクサが振り返る。
「な、何でも……ない……わ……」
「具合わるそー。そーゆー時は、チュウが一番」
「ちゅう……」
その言葉の意味もわからないうちに。
アレクサの腕がわたしの首に巻きついて。
可愛い顔が一気にアップになって。
ちゅっ……。
上向きになってるわたしの唇に、ちっちゃくて、熱い唇が……押しつけられて……。
「!!!」
びくんっ!
腰が感電したみたいに跳ねて、頭の中が真っ白になって。
ぬるっ……。
唇以上に熱く、ぬめるものが、わたしの口の中に……。
キッ、キス! キスされてる!
わたしの理想の女の子に、裸で、抱きしめられて、向こうから……!
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ」
口の中で舌が動く。ぬるっ。舌をこすられている。流れこんでくる甘い蜜。唾液。舌を吸われ、吸い取られるわたしの唾液。
「…………」
強烈な波が体を駆け抜ける。声も出せずにわたしは痙攣し、濡れた床にぐったりする。あたたかい雨が体を濡らす。
「元気出たか?」
これははっきり聞こえる言葉と共に、体にお湯がかけられた。
「ん……」
余韻がゆっくり消えてゆく。
わたしは鉛のように重たい体を起こした。
「あ……もう、大丈夫……」
「まだ元気ないか? もう一回ちゅーするか?」
「っ!?」
「オモラシしたぞ。どこか悪いのか?」
指さされ、顔から火が出た。
わたしの股間は、なま暖かい粘液で失禁も同然に濡れていた。もちろんシャワーの湯ではない。
恥ずかしさと、妙な体の熱さにうめきながらそこを洗う。水流に揺れる陰毛を、アレクサが興味深げに見つめている。火照った体がまた、じゅんと濡れてくる。
「あの……あんまり、見ないで……」
「見る? どこを? ここか?」
乳首をつつかれた。指もまた、肌と同じように、いやそれ以上に強烈な快感を生んだ。わたしはせっかく洗ったあそこをまたびしょ濡れにしてしまう。
「あっ……お願い……もっと……」
けれどもアレクサは、口笛なんか吹いて、指でシャボン玉を作って遊んでいる。
ああ、だめだ。この子は悪魔だ。淫魔というやつだ。とんでもない子に捕まってしまった。もう逃れられない。離れることができそうにない。
「それじゃ、洗ってやる」
アレクサは自分の体に泡を広げた。
そして、わたしに抱きついて……ぬるぬると、小さな体をうごめかせ始める。
「ひっ……ふあっ……あっ、あっ……はあああっ!」
ものすごい快感が襲ってきた。
全身が神経むきだしの粘膜と化し、愛撫されているかのよう。
すごい。すごすぎる。これに比べたらこれまでの快感なんて子供の遊び。
アレクサの乳首がわたしの背中にS字を描く。その瞬間、あそこが激しく痙攣して、割れ目からしぶきが飛び散った。脳裏に閃光が散り、わたしは目の焦点をなくす。
ねちょ、ねちょ、ぬちょり。ちゅぷっ。わたしの体の上で、粘つく音。まるであそこをかき回されているみたいな。
「はああっ! はあっ、ひっ、なっ、なんでっ、なんでこんなっ、こんな、こっ、あっ、はああっ! ひああああっ、ひっ、はひいいいっ!」
「動くな。洗えない」
「だって、だってえっ! はあああっ! なんでえっ、なんでこんなにっ、あっ、きもちいいっ、いっ、いいのっ、いいっ、あはああっ、はあっ、ひっ、はっ、はっ、ふはあああっ!」
どこをどうされているのか、もう全然わからない。ひたすらに気持ちいいばかり。アレクサが動き、どこかをなでられ、つままれ、べったり密着されて……あちこちが熱くなり、震えて、だけどどこがどこだか、それよりとにかく気持ちよく、わたしは耐えられる限界を超えてすすり泣き、悶え狂い、痙攣し…………そのまま、到達したことのない高みへ…………。
「ん」
いきなり、あらゆる刺激が消えた。
アレクサが、ぐったりしているわたしの上から顔をあげる。
握っていたシャワーヘッドで、手早く自分の体を洗い流した。
そのままバスルームを出て行こうとするのを、足首をつかんで引き留める。
「ど……どこへ……どうしたの……」
「タツヒロのお帰り。お楽しみタイム」
衝撃だった。
タツヒロというのは、同居しているとかいう叔父のことだろう。
しかし、わたしの天使の口から男の名前が……二人きりで暮らしている相手の名前が出てきて、お楽しみという言葉が続くなんて…………。
許せない。
ありえない。
そこまでの至福感が瞬時に反転した。
全身を包んでいた天上の白光は、深淵の暗黒と化した。
わたしはアレクサに飛びかかった。
「やーーーーっ!」
「わーーーーっ!」
本気でもがくアレクサを、わたしはそれ以上の力で押さえつける。洗面所からもつれあって転がり出て、部屋中にしぶきをまき散らし、あちこちにぶつかって、柔肌に次から次へとアザができる。
体格差でどうにかわたしが勝った。わたしは自分のブラジャーでアレクサの足首をゆわえ、さっき引っ張り出されたバニーの衣装で腕をぐるぐる巻きにする。
「ふぅ〜、ふぅ〜、ふぅ〜」
獣じみた声をあげながら、ソープ混じりの水滴が裸身から垂れるのもかまわず、ビニールテープを取り出した。
「ごめんなさいねえ、アレクサ……」
両手の間にびしりと張る。
「あなたがいけないのよ、あなたがこんなに可愛くて、素敵で、いやらしくて……なのに男の所に帰るなんて言うから…………あなたが悪いの!」
とんでもないことをしている。わたしは自分の足元が崩れてなくなってゆく感覚にとらわれつつも、まったく手つきは危なげなく、全裸のアレクサの体にロープを食いこませていった。
「もう離さない……逃がさない。この部屋で、ずっと暮らすの。二人で。ずっと……」
「ノン。それ困る。ワタシは帰る。タツヒロの手伝いしなくちゃならない」
アレクサはどこかがゆるまないかともぞもぞしていたが、不思議とその表情に恐怖は見られなかった。
だからだろうか、わたしの中におぞましくも残忍な気分がいっぱいにふくらむ。
「いいのよ、そんなの……楽しいこと、いっぱいしましょう……」
「帰して。プリーズ」
「だめ。帰さない。あなたはもう、絶対に帰さないんだから……」
わたしはかがみこみ、縛るテープの合間からのぞくアレクサのおっぱいに口づけする。濡れた熱い肌を舐め回し、乳首を口に含む。舌で転がすと、やわらかかったのが硬くなってくる。ぴちゃ、ぴちゃ、音をたてて舐めしゃぶる。
「そうか……」
突然――――アレクサの声音が変わった。
低く、深く。
この言葉を使うのが許されるなら…………とてつもなく、邪悪に。
「では………………ワタシは自己防衛を行う」
「え……?」
はああああああ。
アレクサは、長々と息を吐いた。
信じられないほど長いため息。十秒は続き、まだやまない。
それは吐息というより、ガスボンベでも開いたみたいな勢いで……。
「う…………?」
くらっ。めまいがして、視界が歪む。
それと同時に、途方もない欲望が湧き上がってきた。
「くっ…………はああああああああっ!?」
絶叫する。体が焼ける。燃える。全身が灼熱の塊と化す。耐え難い淫欲の熱波。
「ひいいっ! ひっ、あっ、あっ、あああああっ!」
腰が抜け、尻餅をつき、わたしは足を大きく開く。ほんの一瞬さえも耐えることができずに股間に手をあてがう。指を動かす。クリトリスをつまみ、陰唇をまさぐる。大量にあふれてくる愛液。ぬらぬらする指先を割れ目に突っこむ。わずかな痛みと、桁違いの快感。わたしはあごをそらせ、尻を浮かせて、後頭部とかかとでアーチを作ってびくびく震えた。
「いくううっ! ああっ、いく、いっ、あっ、いくうううっ!」
あっという間に大波が来て、わたしを持ち上げ、放り出す。
「あああっ、また、またっ! ひっ! だめえええっ!」
けれども落ちた先に、すぐ次の波が襲い来る。イッたのにおさまらない。それどころか身を灼く淫欲は一層強さを増す。指でも足りない。もっと刺激が欲しい。欲しい。もっと。もっとしてほしい。もっと気持ちよく、もっともっともっともっともっともっと……!
「ひいっ、はぐっ、ひっ、はっ、あっ、ぐううっ、ふうっ、はっ、はひっ、ひあああっ!」
びくびくっ! 足のつけ根が震え、熱いしぶきが床に飛び散る。
それでもまだ落ち着かない。もう耐えられない。わたしはじゅぶじゅぶ股間に水音を立てつつ、号泣する。
「とっ、どまらないっ! なんでっ! どめでっ! くああああっ! いぐっ、まだっ、あっ、お゛あっ! くはああっ!」
「こっちを見ろ」
その声は、繰り返し襲い来る絶頂に麻痺したわたしの脳髄に、直に突き刺さった。
「ワタシの目を見ろ」
「う゛ぅ…………」
快感のあまりに泣きじゃくり、歯をがちがち鳴らしながらも、わたしは見えない糸に引っ張られるようにアレクサを見つめた。
涙の膜の向こうに、深い、とてつもなく深い色合いの瞳が……。
………………。
吸いこまれる。快感が遠ざかる。体を責めさいなむ淫欲はそのままなのに、意識するわたしの心が、一瞬体を離れてその深い色合いの世界に入りこんでゆく。
「…………」
「ワタシの声が聞こえるな」
「はい……」
「ワタシなら、オマエのそのエッチな気分をどうにかしてやれる」
「う……」
「ワタシを自由にすれば、オマエは今よりもっともっとよくなって、心の底から満足できる……ほどかない限り、ずっとそのままだ……」
「あう……あ…………ああ…………ああああああ…………」
「さあ、手が動くぞ。好きなようにするといい」
「はああああっ!」
パキンと、音を立てて何かが割れたような感覚があって……。
気がつくと、アレクサがわたしを見下ろしていた。
「あ……なんで……どうして……」
だけど気持ちよくて、あそこがじんじんして、じゅくじゅく濡れて、いじらないでいられなくて、見られながらも指を突っこみ音を立ててかき回して、恥ずかしいのもやっぱり気持ちよくって……。
「じゃ、約束。気持ちよくしてやる」
アレクサが、元通りのふわふわした声で言うと、わたしの股間にかがみこんだ。
指と、舌。
熱いものが、触れて………………触れ………………。
「はああああああああああっ! ひああああああっ!!」
くちゅくちゅくちゅくちゅ。ぴちゃぴちゃ。くちゅっ。ちゅぷ、ぴちゅ、ちゅぱっ。
「ひっ! ひっ、はっ、はっ、ひいいっ! はあっ、何してっ、ひっ、くうううっ、おおっ、あっ、あっ、はああああっ!」
熱い。どろどろになる。溶かされてゆく。わたしは絶叫しながら後頭部をごんごん床にぶつけ、右に左に振りたくる。耐えられない。我慢できない。頭が破裂する。
イクなんてものじゃない。最初の瞬間にもうイッている。それが続いている。少しの絶え間もなく。指の、舌の動きごとに、閃光が炸裂し、体は弾け、脳髄が漂白される。
「あ……が……あ゛……あ゛…………あ゛あ゛……」
もう何もわからない。
まっしろだ。
まっしろ。
まぶしいしろか、ふつうのしろか、それしかなくって、ぜんぶしろで、まっしろ、ぴかぴか、しろ、しろ……ぜんぶ、しろ……。
………………。
気がつくととっぷり日が暮れていた。
わたしは自分の部屋でひとり大の字に倒れていた。それも全裸で、汁まみれの、とても人には言えないようなものすごい状態で。
どうしてだろう。何があったのだろう。思い出せない。
だけど、思い出さなくていいことのような気がする。幸せだった気がする。うん、幸せなことがあった。思い出したら不幸になる。だから忘れてしまっていい。わたしは忘れる。忘れた。
「うわ、散らかしちゃったなあ……」
秘密の趣味の、動物系コスプレ衣装が散らばっている。
どうせ自分の部屋だ、わたしは素っ裸のまま片づけを始めた。
「あれ?」
バニーも牛さんもカエルくんもある。
だけどひとつだけ。
お気に入りのネコセットが一式見あたらなかった。
どこへやっちゃったんだろう?
「あっ……!」
ネコミミのことを考えた途端に、あそこが妖しくうずいた。
わたしは身震いしながら、股間に指を這わせた。
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